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手探り。

半ば絶チル感想ブログ。

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劇場版ポケットモンスターの初期作品を語ってみる。 

家の録画デッキに入れっぱなしのポケモン映画『ミュウツーの逆襲』と『ルギア爆誕』を見てたら語りたくてムラムラしてきたので久しぶりに参上。
ブログの更新滞りがちで申し訳ないっす。他に書きたいもの、というか書くべきものは沢山あるんですけど、どれも文章に起こすまでにモチベが上がらないんで、とりあえず横に置いておいて、今日はポケモンについて語ります。
やっぱいいなー、今見てもこの二作品はイイ。
なんつーか、こういう類の作品としてパーフェクトな出来だと思うんですよ。特にミュウツーの逆襲は。子供が見て単純に楽しめる見せ場なんかも作りつつ、大人だけが分かる深いテーマも盛り込む。子供って案外、表面だけ見ているようで、物語の奥行きも感じ取ってるんですよね。ミュウツーもルギアも『共存』っていう共通したテーマを持ってるんですけど、子供の頃は意味が分からないなりに「なんか深いものがあるぞ」っていうのを感じてて、それを印象に残すんですよ。で、大人になって何かの拍子で見返して、そのテーマの真の意味に気付く。このプロセスを辿れるモノこそが、子供向け作品における真の名作なんだろうなと思ってます。
おまけにこの二作は商業的にも成功してますしね。もちろんポケットモンスターというネームバリューのおかげではあるんですけど、そのチャンスを逃さず掴みとって最高の作品に仕上げたスタッフさん達に今更ながら喝采を送りたいです。特に脚本家の首藤剛志さん。この方はミュウツー・ルギア・エンテイの三作品の脚本を書いて以降ポケモン映画から降りているらしいんですけど(※エンテイは以降シリーズ脚本を引き継いだ園田英樹さんとの合同脚本)、ミュウツー・ルギアの二作とそれ以降の映画の脚本に圧倒的なレベルの差を感じている私としては、ミュウツーの逆襲とルギア爆誕がこれだけの作品になっているのは首藤さんの力が大きかったんじゃないかなと勝手に思ってます。ミュウツーの逆襲の続編、『ミュウツー!我ハココニ在リ』の脚本も首藤さんですしね。
因みにこの人、2010年の10月にお亡くなりになったそうで……。享年61歳かー、残念だ……。

で、テーマの話。
今見ると、ミュウツーの逆襲もルギア爆誕も『共存』というテーマについて深く描いているのがよくわかります。
ミュウツーたちコピーポケモンは、自分が生きるためには本物を殺さなくちゃいけないと思って、元になった本物を排除しようとした。本物の方も、コピーに殺されてなり替わられるのは御免だから応戦する。そういう生存権を賭けた戦いの中、そこでサトシが「別に戦う必要なんてない」「コピーはコピーで、本物は本物で、それぞれ別の場所で生きていけばいい」――すなわち『共存』を提案した。ミュウツーもコピーたちも、「確かにその通りだ」「誰かのコピーじゃなく、一つの新しい生き物として生きていけばいいんだ」と納得して、受け入れてくれた。それがミュウツーの逆襲のおおまかな流れでした。
つまり生存圏が被るから争いが起こるんですよね。ルギア爆誕では、ルギアがその生存圏の事を「世界」と表現してました。わざわざ競って相手の世界を踏み荒らすんじゃなく、距離を置いて、違う世界で生きていくのがお互いにとって一番の幸せなんだよ、と。
簡単そうで、難しい事ですよね。現に人間は出来てないんですもの。
ルギア爆誕は、コレクターであるジラルダンがポケモンの世界に踏み込んだせいでややこしい事になるお話なんですけど、この作品でちょっと印象的だったのが、悪役である彼に悪意がない事なんですよ。それどころか、彼には他人の世界に踏み込んでる自覚すらない。ジラルダンにとってポケモンはあくまでコレクションであり、モノでしかないんです。だから、ポケモンにもポケモンの世界があるなんて事、考えもしない。――野生動物の世界を踏み荒らす人間の象徴として描かれているのかな、と思いますね。……いや、私は別に動物愛護の精神を持ってる訳でもなんでもないんですけど、こういう作品を見るとそういう事を考えちゃいます。
でも、そういうジラルダンも、最後のシーンではポケモンカードを手に意味深な表情をしてました。あのシーン好きなんですよ。ミュウツーの逆襲との繋がりを感じさせるミュウの絵柄とか、ジラルダンも子供の頃はそのカードで楽しく遊んでたんだろうな、と思わせる演出とか。きっと、カードを見ながら純粋にポケモンを愛していた頃を思い出していたんでしょう。『共存』って、相手への愛や理解がないと出来ないですからね。

とまぁ、そんな事をつらつらと考えてると、当然湧いてくる疑問がありますよね。
サトシたちの旅は相手の世界を犯す事にはならないのか?――っていう。
トレーナーとして旅をするなら当然野生ポケモンの世界に踏み込む事にもなる訳で、そこでは必ず何かしらのトラブルが発生する事になる。生殺与奪に関する事が起こることもあるでしょう。ただ、旅自体については、最低限のマナーさえ守ればセーフだと私は思ってます。ナワバリを犯されて襲ってくるポケモンを撃退したり、現地の動物(いるのか?)を殺して食べるような事もあるでしょうが、そこまで神経質になってるとそれこそ何もできなくなっちゃいますしね。うっかり変なものを持ち込んで生態系を変えてしまったりしない限りは、許される――かどうかは分かりませんが、私的にはアリだという認識です。
ただ、ポケモンの捕獲に関しては、どうなんでしょうねぇ……。ポケモンを取って集めるためだけに野生の世界に介入するなら、それこそジラルダンと同じになっちゃいますし。この辺はまぁ、あんまり深く突っ込むとキリがなさそうなのでお茶を濁しますが、人間がポケモンに向き合う姿勢はポケスペのイエローのやり方が正解な気がします。あそこからもうちょっとポケモン側に傾倒しすぎると四天王の考え方になる感じ。


さて。そんなこんなで色々語りましたが、もちろんテーマだけじゃなくて、ポケモンたちの生き生きした挙動、ミュウツーやルギアといったカリスマ性のあるキャラクター、バトルシーンなどなど、他にも沢山の魅力が詰まった作品たちでした。
あ、最初の方でさりげなくエンテイ以降の作品をディスってますけど、後期の映画にも良いところは沢山あると思ってますよ。特にラティアス・ラティオスの映画の風景描写は鳥肌モノでした。ただ、私の中でミュウツーとルギアの二作品は別格だというだけの話です。
やっぱポケモンって面白いなぁ。ゲームはもちろん、こうやってポケモン世界の在り方について考察するのも凄く楽しいです。赤・緑版の初代が発売されて以来、ゲーム・アニメ・漫画など、多くの人間が色んなメディアで色んな角度から切り込んでいる『ポケットモンスター』ですが、まだまだ沢山描いて、どんどん深くメスを入れていってほしいな、と思ってます。




おまけ。
首藤剛志の名前で検索かけてたら、こんなものを見付けちゃいました。

ポケットモンスター The Animation〈VOL.1〉旅立ち (小学館スーパークエスト文庫)ポケットモンスター The Animation〈VOL.1〉旅立ち (小学館スーパークエスト文庫)
(1997/10)
首藤 剛志

商品詳細を見る

アニメの1~14話までを小説化したものだそうです。

アニメ版では隠されているシビアな設定や物語が描かれ、例えばジムリーダーの収入源やポケモン世界のシステム・実情・歴史[2]、キャラクターの裏設定などが書かれている。また、ダーウィンの進化論をポケモンの進化の謎について絡めるなど、現実の歴史上人物や話、地名などが使用され、リアルな世界観を作り出している。(byウィキペディア)

なにそれ超面白そう。
絶版になっちゃってるみたいですが、中古市場には出回ってるっぽいので、アニメ初期に思い入れのある人は買ってみるといいんじゃないでしょうか、……と宣伝してみる。
因みに自分は買いました。アマゾンなんで明後日には届いてくれるはず。ワクワク。


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Posted on 2012/05/02 Wed. 02:29 [edit]

category: その他アニメ

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